バスキア・ライフ・イン・ジャパン|Jean‐Michel Basquiat’s life in Japan

作品の特徴

作品の特徴

バスキア・ライフ,日本,ジャパン,展,バスキア,ライフ,マドンナ

Untitled, 1982
oilstick, acrylic, spray paint on canvas / 183.2 x 173 cm / Yusaku Maezawa Collection, Chiba

バスキア・ライフ,日本,ジャパン,展,バスキア,ライフ,マドンナ

生年月日:1960年12月22日
死没月日:1988年8月12日
国籍:アメリカ
表現媒体:絵画、グラフィティ、音楽
ムーブメント:グラフィティ、ストリート・アート、新表現主義
関連人物:アンディ・ウォーホル、前澤友作
公式サイト;http://basquiat.com/

 

ジャン・ミシェル・バスキア(1960年12月22日-1988年8月12日)は、20世紀における最も重要なアメリカ人アーティストの1人。
ハイチとプエルトリコ系にルーツを持つ両親の間に生まれる。

 

1970年代後半に、ニューヨーク、マンハッタンのロウアー・イースト・サイドのヒップ・ホップ、ポスト・パンク、非合法なストリート・アートなどが一緒になったアンダーグラウンド・シーンで、謎めいたエピグラム(詩)の落描きをするグラフィティ・デュオ「SAMO」の1人として悪評を成した。

 

1980年代にバスキアの新表現主義風の作品は、国際的に認知されるようになり、さまざまなギャラリーや美術館で展示されるようになった。
1992年にはホイットニー美術館で回顧展も開催されている。

 

バスキアの芸術観は、「金持ち」と「貧乏」、「分離」と「統合」、「外側」と「内側」など、二分法に焦点を当てて制作する「挑発的二分法(suggestive dichotomies)」と呼ばれるものである。
バスキアは、歴史的な事件や現代社会問題を主題として、詩、ドローイング、絵画などテキストとイメージを織り交ぜながら、抽象的あるいは具象的に描く。

 

また、「個々に対する深い真実を出発点」として、作品内にそれらの要素を社会批評を通して表現する。
詩は非常に政治的であり、遠まわしに植民地主義を批判し、また階級闘争を積極的に支援していることもある。

 

1988年、27歳のときにスタジオでヘロインのオーバードーズが原因で死去。
バスキアはよく高価なアルマーニスーツ姿で絵を描き、公衆の前でもアルマーニスーツ姿で現れる事が多かったという。

 

2017年5月18日のサザビーズのオークションで、元ZOZOの前澤友作氏がドクロを力強く描いたバスキアの1982年作「無題」を1億1050万ドル(約123億円)で落札。
バスキア作品として、またオークションでのアメリカ人アーティストとして最高落札額を更新した。

 

ほかに、バスキア作品を所有している著名人としては、デビッド・ボウイ(ミュージシャン)、マドンナ(ミュージシャン)、レオナルド・ディカプリオ(俳優)、ジョニー・デップ(俳優)、ラーズ・ウルリッヒ(ミュージシャン)、スティーヴン・コーエン(投資家)、ローレンス・グラフ(宝石商)、ジョン・マッケンロー(プロテニス選手)、デボラ・ハリー(ミュージシャン)、ジェイ・Z(ラッパー)などがいる。

 

重要ポイント
・新表現主義の代表的画家
・挑発的二分法という独自の芸術観を持つ
・前澤友作氏が作品を1億1050万ドル(123憶円)で落札している

 

 

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